無神論者なのに先祖は大切にする理由

ご先祖様参り
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お盆ですね。

わたしは無神論者ですが、ご先祖様は大切に思っています。

理由は「自分が存在する源(みなもと)だから」。

わたしは両親がいなければこの世に存在していないし、親もわたしの祖父母が居なければこの世にいないわけです。

顔も知らない代々のご先祖様というわけにもいきませんが、お墓参りに行った際は感謝とともに現在の状況を報告するようにしています。

同時に「これからも見守ってください」とお願いします。

どのように生きていくかは自分次第なので「助けて欲しい」的なお願いするのは違和感を感じます。

なので「見守ってもらうだけで感謝」というわけです。

このように会ったことも無い先祖代々の皆さんに感謝もしてるし大切にする気持ちを持っています。

しかし、同様に会ったことがないのでピンと来ないのが「神」の存在です。

そもそも無神論者とは?

わたしは「神頼み」はします。

宝くじに当たりたいときに「神様お願い!」とか、なにか不遇に出くわしたときとか脳裏に「神様助けて!」というフレーズは浮かびます。

でもお願いしている神様が誰かがよくわかってない(^_^;)

はっきり言えるのは、わたしが願う「神様、仏さま」は、ブッダやキリストなどの他固有の神様では無いです。

なので「神頼みはする」→「固有の信じる神は居ない」→「無神論者」という構図ですね。

信心はその人の気持ち、否定すべきではない。

でも他人の信仰心については肯定しています。

「そういう人もいる」という気持ちです。

逆にいうと「心を寄せる神がいる」というのは羨ましくもあります。

理由は自分の進むべき方向を説いてくれる人がいるという事だから。

迷ったら教えに従うというのは信仰心があればこそですね。

問題は自分の信仰心を人に押し付ける行為

固有の神を信仰する、しないはそれぞれの勝手です。

しかし時折、自分の信仰する神以外を否定する人がいます。

これってなんなんでしょう?

それどころか神の名の下で人を殺すとか意味不明。

「神」って自分以外を認めないなんて狭い心の持ち主なのか?

はては「宗教戦争」などという殺し合いには終わりが見えない。

戦争なんてラララ

てか「神」ってなんだ?誰?

こんな話を信仰心のある人に言うと諭されてしまうのかもしれないけど、イマイチ胡散臭いと感じてしまう。

まぁ無神論者が多いのは日本ぐらいとも聞くけどね。

でもマジで神様の名前使って人殺しを肯定するのだけはやめてほしい。

神とはあくまで心の拠り所であってその信仰を中心にした生き方はいかがなものか。

その人の勝手だと思うが、それに巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。

と、いう事で、わたしは「ご先祖様は大切にする」けど「無神論者」なのでした。

お盆だけじゃなく、時間があるときはお墓参りいきましょうね(*^▽^*)

 

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